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白岩の豆すず Shiraiwa-ware Minibottles

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The above shown small earthen bottles were made in the Shiraiwa district, Akita prefecture, Japan, in the 19th century. I guess that this kind of small gourd-shaped bottles, which are less than 9 cm in height, were seldom made in Japan except in the Shiraiwa pottery. 黒釉豆すず 高さ 87 mm 胴径 67 mm この器は秋田の白岩焼で、愛好家のあいだで「豆すず」とよばれているもの。手のひらにのる小さな器で、瓢箪に似たユニークな形をしている。鉄釉の上につややかな黒釉がかけられていて、一部厚くかかった部分がしずく状に垂れている。白岩の黒釉は発色させるのがむずかしかったらしく(宮本康男「秋田の焼き物1 白岩焼」秋田手仕事たより、第10号、2000年)、このような深緑色を呈するものもめずらしくない(たとえば こちらの小すず を参照)。大きさの割りにはたいへん手が込んでいる。高台もきちんと削られている。 白釉豆すず 高さ 82 mm 胴径 63 mm 前掲の豆すずの同工異曲といった器。こちらのほうはかさかさした感じの白釉がかかっている。 前に紹介したそろばん玉形の器 の釉薬と似たところがある。この手の釉薬は白岩ではめずらしい。19世紀前半の比較的古い時代のものではないかと想像している。持ったときに重みを感じるので、前のよりも肉厚である。高台はけずられていない。 考察 これら瓢箪形の器が何の目的でつかわれたかについては、愛好家のあいだでも諸説あるようだ。酒をつぐにはあまりに小さすぎる。いわゆる油壷(整髪用の油をいれる容器)としてつかわれた、というのが通説である。実際、黒釉の器のほうは油っぽい臭いがする。栓をすれば、なにか薬や香油の入れ物につかえそうだし、書道の水差しにしてもよさそうである。 おなじ瓢形でも、もっと大きな徳利は、東北も含め、日本各地の窯でつくられている。しかしこれほど小さいものはめずらしく、白岩独特の...

仙台を訪問 Visit to Sendai

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A one-day trip to Sendai, Japan, brought me some pieces of earthenware that came from old Tohoku potteries. I also met various rare things in Sendai City Museum, Tohoku University Museum, and Serizawa Keisuke Art and Craft Museum in Tohoku Fukushi University, which are recommendable for every tourist.  仙台蚤の市 今回の旅の主目的である 「仙台蚤の市」 は、東北エリアを中心に営業している古物業者が多数集結したイベントで、仙台でおこなわれるはじめての大規模な古物市、という触れ込みだった。最寄りの地下鉄の駅をおりると、たくさんの人が列をなして会場方面に歩いていたが、これらはみんなこの催しに向かう人たちだったので、おどろいた。広い芝生の会場はとにかく人でいっぱいで、各業者の品物を見るのも一苦労だった。わたしの興味にかなう品物はそれほどなかったが、古いやきものをいくつか手に入れた。 上の小がめは高さ 12 cm で、明治・大正期の仙台の堤(つつみ)焼と考えてよいだろう。底部に見える土はざっくりしていて、赤みがかっている。べた底で、高台はけずられていない。下の小壺は高さ 6.6 cm。業者は鶴岡の大宝寺(だいほうじ)焼だと言った。これもべた底。欠損部が補修されており、前の所持者が愛蔵していたことがうかがわれる。 最近この手の催しが各地で盛況だ。売られている品物の多くは、せいぜい50〜60年くらい前につくられた、いわゆるレトロ雑貨。ちょっと前までは100年は経たないと「アンティーク」とみなされなかったが、最近はその基準が緩和されつつある。こういった昭和レトロもいまや立派な「アンティーク」で、100円ショップ等で並ぶ無個性な量産品では飽き足らない人々の物欲を大いに満たしている。 仙台市博物館 蚤の市のフードコーナーでビールを飲んで気持ちよくなったあと、会場に隣接する 仙台市博物館 を見学した。数年前に大規模な改修工事があったこ...

白岩焼の小碗 Shiraiwa-ware Small Bowls

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Three earthen bowls shown below were produced in the Shiraiwa district, Akita, Japan. Tablewares are rarer than kitchenwares like jars and bottles in the Shiraiwa pottery. The first one was certainly created by Yamate Takiji in the late 19th century because of his mark stamped near the bottom. その1 口径 15.3 cm 高さ 6.0 cm この器は食器として生産されたもので、現代の言い方をすれば小鉢のようなものだろう。器の外側の上半分と、内側全面とに青白いなまこ釉がかけられている。釉の垂れ具合、そして口縁が微妙に波打っていて、上から見ると朝顔の花のようにみえるあたりに、工人の芸術的センスが感じられる。 抹茶碗としてつかってもいいようなサイズ感である。目跡が4個ある。縁には欠けが数カ所ある。 伏せて置くとちょうど兜のような形をしている。作者の陶印が押されている。 高台の脇の部分に「ニ瀧」の印が押されていることから、これは秋田県仙北市白岩地区で幕末から明治前期に山手瀧治(やまてたきじ、1840-1906)がつくったやきものだとわかる。瀧治は白岩の名工としてよく知られた存在で、さまざまな釉薬を駆使して、装飾性に富んだやきものを多く残した。この印銘は「ニ窯の瀧治」がつくった、という意味である。ニ窯の「ニ」は、イ・ロ・ハ・ニの「ニ」で、白岩で4番目(松本運七が創始した古窯も含めれば5番目)に築かれた孫兵衛窯の別名。安政4年(1857)から明治15年(1882)まで稼働した。孫兵衛窯の廃止後も、瀧治は白岩地区内の他の窯で作陶を続け、やはりおなじ窯印を押したと言われる(以上、渡辺為吉「白岩瀬戸山」1933; 中田達男「白岩焼」あきたの工芸、156〜161ページ、秋田県教育委員会、2007  リンク )。 幕末から明...

白岩焼の耳付き大甕 Shiraiwa-ware Big Jar with Ears

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口径 35〜36.5 cm、高さ 32.5 cm、高台径 17〜17.5 cm 全体に茶褐色の釉がかけられた大きな甕(かめ)で、容量は約1斗(18リットル)。胴の上部に線刻で波線が描かれ、また控えめながら、部分的に白釉と黒釉が流しかけられていて、よい景色になっているとおもう。左右に独特の形をした「耳」がついている。これは装飾としてだけでなく、持ち運びのしやすさという実用性も考えての細工だったとおもう。 実際のところはわからないが、たぶん江戸後期から明治前期につくられた、秋田の白岩焼だろう。高台の2か所が丸くえぐられているが、これは白岩の甕や徳利でよくみられる細工だ。かなり上出来の甕だとおもうが、それでいて上から見ると口がちょっと楕円にひしゃげていたり、高台に大きな窯傷があったりするところに、白岩らしいあたたかみ、陶工の人間味がにじみ出ているようにおもう。 窯の中での火の当たりの違いか、半面は黒っぽく焼き上がっている。フレンチクルーラーを貼り付けたようなこの装飾は、古い中国の青磁などにみられる「遊環」、あるいは器とくっついた「不遊環」に習ったものと思われる。 甕の内側の底部には、まるい小さな目跡が4個ついている。高台の一部がえぐりとられている。底部に大きな窯傷があるが、水を張ってみたところ、顕著な漏れはなかった。白岩をはじめとする地方の窯場では、必ずしも良質の陶土に恵まれていたわけではなかった。このような窯傷はよくあることで、実用上問題なければ、文句を言う人など誰もいなかったのだろう。 補足 渡辺為吉「白岩瀬戸山」に白岩の製品の単価表・産額表が記載されている。これによれば、当地では最大で3斗の甕があった。しかしそのような大容量のものは特注品で、実際に量産されたのは1斗入りが最大だったようである。1斗甕の卸値は、明治4年〜11年は1個あたり250文にすぎない。これは当時の米1升、あるいは酒1升の値段と同程度なので、いまの価値にすればせいぜい2000〜3000円である。もっと小容量の甕ならもっと安かった(たとえば1升甕は25文だった)わけで、いかにこの手の陶器が廉価な日用品だったかがわかる。 類品を見比べてみると、1斗もある大甕に環状の耳を貼り付ける装飾は、秋田の白岩で...

平清水のやきものと人形 Hirashimizu Earthen Wares and Dolls

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先月、山形市の平清水地区を訪ねた。ここは江戸後期からつづくやきもの産地として有名で、相馬、会津本郷と並んで東北地方の三大窯業地に数えてよいとおもう。以下、平清水関連の最近の収集物を紹介する。 Last month, I went to Hirashimizu, Yamagata City, which is known to produce ceramics since the early 19th century and is presumably one of the three biggest potteries in the Tohoku district, ranking with Soma and Aizu-Hongo. Here is some acquisition relating to the Hirashimizu pottery. 1. 湯たんぽ  Hot Water Bottle (Bed Warmer) 高さ 14 cm / 横幅 23 cm 両端が閉じられた円筒形の器で、中にお湯を入れて、冬寒いときに寝床、とくに足のあたりを温める湯たんぽとしてつかったらしい。昭和期になると金属製のものが多く出回ったが、それ以前の湯たんぽはこのような陶製がふつうで、類品は他地域でもみられる。この手の白化粧をほどこした器は平清水ならではのものだ。全体がまるっこくて、見た目にも温かい。古いやきもので俵壺(ひょうこ)というのが16世紀前後の朝鮮にみられるが、瓜二つだ。ちょっと前に秋田の業者から求めた。 Filled with hot water, this cylindrical vessel was used in winter to warm a bed and especially around feet. Ceramic bed warmer was common in Japan before metallic one became in use in the 20th century. Decoration with white engobe is a distinguished feature of Hirashimizu. The rounded shape and texture seem to...