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仙台を訪問 Visit to Sendai

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A one-day trip to Sendai, Japan, brought me some pieces of earthenware that came from old Tohoku potteries. I also met various rare things in Sendai City Museum, Tohoku University Museum, and Serizawa Keisuke Art and Craft Museum in Tohoku Fukushi University, which are recommendable for every tourist.  仙台蚤の市 今回の旅の主目的である 「仙台蚤の市」 は、東北エリアを中心に営業している古物業者が多数集結したイベントで、仙台でおこなわれるはじめての大規模な古物市、という触れ込みだった。最寄りの地下鉄の駅をおりると、たくさんの人が列をなして会場方面に歩いていたが、これらはみんなこの催しに向かう人たちだったので、おどろいた。広い芝生の会場はとにかく人でいっぱいで、各業者の品物を見るのも一苦労だった。わたしの興味にかなう品物はそれほどなかったが、古いやきものをいくつか手に入れた。 上の小がめは高さ 12 cm で、明治・大正期の仙台の堤(つつみ)焼と考えてよいだろう。底部に見える土はざっくりしていて、赤みがかっている。べた底で、高台はけずられていない。下の小壺は高さ 6.6 cm。業者は鶴岡の大宝寺(だいほうじ)焼だと言った。これもべた底。欠損部が補修されており、前の所持者が愛蔵していたことがうかがわれる。 最近この手の催しが各地で盛況だ。売られている品物の多くは、せいぜい50〜60年くらい前につくられた、いわゆるレトロ雑貨。ちょっと前までは100年は経たないと「アンティーク」とみなされなかったが、最近はその基準が緩和されつつある。こういった昭和レトロもいまや立派な「アンティーク」で、100円ショップ等で並ぶ無個性な量産品では飽き足らない人々の物欲を大いに満たしている。 仙台市博物館 蚤の市のフードコーナーでビールを飲んで気持ちよくなったあと、会場に隣接する 仙台市博物館 を見学した。数年前に大規模な改修工事があったこ...

尾去沢鉱山の重晶石 Baryte from Osarizawa Mine

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Osarizawa Mine, Kazuno, Akita Prefecture, Japan Size: 17 × 11 × 10.5 cm / Weight: 2.9 kg 重晶石の薄板状結晶が多数集合している。最大径 10 cm に達するかという結晶も鎮座するが、これが単結晶なのか、複数の結晶が平行連晶したものなのかは定かでない。結晶群の一面にのみ、細粒の石英と緑泥石とが入り混じったような、泥のようなものが降り積もっている。 重晶石は、日本の金属鉱山ではごくありふれた鉱物である。黒鉱型の鉱床では、おなじ硫酸塩である石膏とともに、ほぼかならず伴う。これらは海水中の硫酸基が熱水中の金属イオンと反応して生成した、と解釈できる(島崎、2016)。 鉱脈型の鉱床では、重晶石がよく出るヤマと、あまり出ない、あるいはまったくみられないヤマとがある。尾去沢は重晶石を多産した。秋田県内では、他にも阿仁や荒川など、多少なりとも重晶石を産出する鉱山が多い。いっぽう宮城県の細倉鉱山や、栃木県の足尾鉱山では、重晶石はほとんどみられない(たとえば「日本鉱産誌 B I-b」「日本の鉱床総覧 下巻」など)。こうした違いが、熱水の起源に海水がどの程度関与したかで決まる、などと簡単に言っていいのかどうか、単なる鉱物愛好家のわたしにはよくわからないが、現象としてはたいへん興味深い。 尾去沢ではこの程度のサイズの重晶石の結晶はめずらしくない。 補足 参考文献: 島崎英彦「鉱石の生い立ち」明文書房、2016年 「日本鉱産誌 B I-b」、地質調査所、1956年 「日本の鉱床総覧 下巻」日本鉱業協会、1968年 すでに紹介した 尾去沢産の重晶石標本 。サイズは小さいが、透明感がある。秋田大学鉱業博物館所蔵の標本の写真も同ページに掲載している。 鹿角市鉱山歴史館( リンク1 、 リンク2 )に展示されていた尾去沢産の重晶石の大塊の写真。2018年12月に撮影した。標本幅は 50 cm 以上はあっただろう。産出地の中啓ヒ(ヒは鉱脈のこと)は尾去沢の鉱床の東縁に位置する。各鉱脈の位置関係については こちらの記事 を参照のこと。 ...

不老倉鉱山の銅鉱石 Copper Ore from Furokura Mine

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I described a piece of copper ore that was collected from the Furokura mine, Japan, nearly a hundred years ago. Chalcopyrite crystals have mostly been changed to chalcocite probably because of secondary enrichment process. Mineral specimens from Furokura are now quite rare. Furokura Mine, Kazuno, Akita, Japan (秋田県鹿角市 不老倉鉱山) Size: 16.5 × 11 × 7 cm 秋田県北東部に位置する不老倉(ふろうくら)鉱山の鉱石標本。石英と緑泥石に富む鉱脈の晶洞に、黄銅鉱が多数結晶したもので、結晶サイズは最大で 3 cm に達する。黄銅鉱は全体的に青黒く変質している。元の結晶の形は保ちつつ、表面が輝銅鉱に変化しているようだ。輝銅鉱の仮晶(仮像)と呼んでも差し支えないが、変質の度合いは完全でなく、中心部には黄銅鉱成分が残っているようにおもわれる。 最初の黄銅鉱がどのような結晶面をもっていたかは、いまひとつ定かでない。正四面体の各面をさらに三分割したような凸面体(十二面体)の一部があらわれているように見える箇所があるが、断定できない。「耳付き双晶」に似た結晶も見られる。 これと同じような銅鉱石は、近隣の尾去沢(おさりざわ)鉱山でも産出した。とくに方鉛鉱後の輝銅鉱仮晶、いわゆるハリス鉱(Harrisite)は、他ではあまり見られない珍品で、和田標本(三菱マテリアル所蔵)などの古い鉱物コレクションにはたいてい収まっている。 別の角度から見た画像。結晶の表面はざらざらしている。 標本の側面。紫色に輝く部分は斑銅鉱(いわゆるピーコック・オア)だろう。 標本の裏側。黄鉄鉱に加えて、緑泥石とおぼしき緑色で細粒の鉱物がみられる。不老倉鉱山の銅鉱脈は、緑色凝灰岩中でとくによく発達していたという。この標本からもそのような産状が推察できる。 不老倉鉱山は、鹿角市大湯地区から安久谷(あくや)川に...

黄鉄鉱の二十面体結晶 Icosahedral Crystal of Pyrite

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Ani Mine, Kita-Akita City, Akita, Japan (秋田県北秋田市 阿仁鉱山) Size: 92 × 72 × 42 mm / Weight: 400 g 緑泥石に富む脈中の晶洞に径 2 cm を超える黄鉄鉱の結晶が着生したもの。黄銅鉱、重晶石もみられる。黄鉄鉱の結晶は光輝に富んでいて、そのうちのいくつかは、正二十面体によく似た形状(20個の三角形で構成される多面体)をしている。 多くの場合、黄鉄鉱の単結晶は以下の3つのうちのどれかに近い形をしている: 立方体(6個の四角形で構成される) 五角十二面体(12個の五角形で構成される) 三角八面体(8個の三角形で構成される) 立方体がもっともありふれていて、つぎに十二面体がよくみられ、そして八面体は比較的珍しい。これらのうち十二面体の結晶面と八面体の結晶面とがある一定の割合を保ちつつ同時に成長してはじめてできるのが、この二十面体の結晶である(下のムービーを見よ)。自然界でこのような事象が起こるのはかなり稀なことである。 黄鉄鉱の八面体の面 o(1 1 1) と十二面体の面 e(2 1 0) の両方があらわれるような結晶で、o 面と e 面とが現出する割合を変えたときの結晶図を連続的に示す。作画は smorf.nl というサイトを利用した。二十面体っぽく見えるのは o 面と e 面の割合がある値に近いときに限られる。なお黄鉄鉱の五角十二面体と三角二十面体は、数学的に定義される正多面体(合同な正多角形で囲まれる多面体)ではない。 黄鉄鉱の二十面体結晶は、日本では秋田県の阿仁鉱山産がもっともよく知られていて、他には秩父の和那波(わなば)鉱床でもみられたようである(伊藤貞市・桜井欽一「日本鉱物誌 第三版」、原著:和田維四郎、中文館書店、1947年)。阿仁合駅のそばにある「 阿仁異人館・伝承館 」で明瞭な二十面体を示す黄鉄鉱の標本が展示されているのを見たことがある。三菱マテリアル所蔵の和田標本にも同じ阿仁鉱山産や島根県の鵜峠(うど)鉱山のものが収まっているが、不明瞭である( 東京大学総合博物館のデータベース で画像を見ることができる)。 標本の動画。 砂川一郎「黄鉄鉱...

足尾を訪問 Visit to Ashio

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かつて銅山で栄えた足尾の町を旅した。今まで行ったことがなかったのだが、2025年8月8日に「足尾銅山記念館」がオープンする、というニュースを聞いて、行ってみることにした。 東武日光駅前からバスで向かった。足尾は栃木県日光市の一部だが、地勢的には渡良瀬川の上流部に位置していて、わたらせ渓谷鉄道(旧足尾線)で群馬県側からも入ることができる。日光市が運営するこの路線バスの停留所は駅前と言いつつ、旅行者がすぐに発見するのは困難とおもわれる外れのほうにある。バスは小型で普段の乗客数があまり多くないことを暗示した。支払いに交通系ICカードは使えない(paypayはつかえた)。足尾までの道のりは国道122号に沿って約 20 km。かつてはつづら折りの峠道だったが、1978年(昭和53年)に日足(にっそく)トンネルが開通したことで所要時間は格段に短縮されたらしい。出発は午前9時36分だったがバスは数分遅れで到着し、足尾鉱山の製錬所跡地にほど近い赤倉バス停に着いたのは10時15分過ぎだった。 製錬所跡から銅(あかがね)親水公園 足尾の歴史については 「足尾銅山の歴史」と題する日光市の記事 がよくまとまっているので参照されたい。 ごく簡単にまとめると、江戸初期には足尾は幕府直営の銅山だったが、めぼしい鉱脈を掘り尽くして閉山寸前だった明治初頭、古河市兵衛(ふるかわいちべえ)がこれを買い取るや、直後に鉱脈がたくさんみつかって日本有数の銅山の地位を得るまでに発展し、古河財閥形成の礎となった。それと同時に鉱害が大きな社会問題となった(足尾鉱毒事件)。戦後も稼行したが1973年(昭和48年)に自山での採鉱を終了。他山の銅鉱石の製錬事業はしばらく続けたが1989年(平成元年)にこれも終えた。 古河(ふるかわ)橋と本山(ほんざん)製錬所跡。 赤倉のバス停に立つと、渡良瀬川の対岸にかつて製錬所の一部だった大きな建物が見える。いまは廃屋同然だ。渡良瀬川には古河橋という名の古びたトラス橋がかかっているが、これは国の重要文化財として残されているだけで通行はできない。5分ほどで別のバスに乗り換えて、さらに上流部の銅(あかがね)親水公園に向かった。 足尾の鉱害は激烈をきわめた。銅鉱を製錬する際に発生する亜硫酸ガス(二酸化硫黄)は草木を枯らし、製錬所の周囲はハゲ山...

孔雀石の根付 Malachite Netsuke

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size: 56 mm × 38 mm × 18 mm 秋田の古物商から求めた孔雀石(マラカイト)の根付。表面は磨かれていて、部分的に縞模様が出ている。紐を通す穴が直線的にあいている。もしこれが国産の孔雀石だったとしたら、入手先からしておそらく秋田の阿仁鉱山か荒川鉱山あたりで、江戸後期から明治期に産出したものだとおもう。 天然の孔雀石は本品のような装飾品のほか岩絵具(緑青)の原料として一定の需要があった。一般に孔雀石(Cu 2 (CO 3 )(OH) 2 )は銅鉱床の酸化帯に生ずる2次鉱物で、それ自体はありふれたものだが、ある程度肉厚の塊となると産出地は限られる。日本では各地の銅山で多少の産出があったが、明治末頃までにはどこの産地もほとんど掘り尽くされ、海外から原石を輸入するか、顔料用途としては合成品がつかわれるようになった。 This is a netsuke made of malachite that I bought from a dealer in Akita. The polished surface shows a banded pattern in part. A straight hole is made for the use as a netsuke . If it was a Japanese malachite, it would be produced from the Ani or Arakawa Mines in Akita in the 19th century or before. There was a little demand for natural malachite as a pigment and decorative materials. Malachite is generally a common secondary mineral in the copper deposit, but a massive ore is rare. Malachite in Japanese copper mines was almost exhausted by the end of the 19th century, and it was imported from abroad or, for t...

石膏のいろいろなかたち Various Forms of Gypsum

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1. 繊維石膏 Fibrous Gypsum Matsumine Mine, Odate City, Akita, Japan (秋田県大館市 松峰鉱山) Size: 105 × 83 × 63 mm / Weight: 657 g 透石膏(二水石膏の透明結晶)の標本はこのブログですでにいくつか紹介したところだが(たとえば これ や これ )、この標本は繊維石膏(fibrous gypsum または satin spar)の名で呼ばれていて、多数の石膏の結晶が、ある一方向に向かって一斉に成長して平行連晶したものとされる。こういう結晶成長のしかたは自然界では割とよくあるらしく、身近なところだと霜柱がそうだし、かつて耐火・断熱材としてつかわれた石綿は、ある種の蛇紋石や角閃石が繊維状に成長したものである。秋田県北東部の黒鉱鉱床に付随する石膏帯の産物。 Clear crystalline gypsum (selenite) specimens have been shown in this blog before. This piece of gypsum, called satin spar, shows a distinct texture caused by parallel growth of a number of crystals in one direction. The fibrous crystal habit often occurs in nature, which can be seen, for example, in frost columns and asbestos. It is from a gypsum deposit beside a  kuroko  (black massive ores containing copper, lead, zinc, etc.) deposit in the Northeast Akita. 別の角度から見た写真。 From different angles. 2. 雪花石膏 Alabaster Osabe Mine, Hinai-Machi Okuzo, Odate City, Akita, Japan (秋田県...