白岩焼の芯切り Shiraiwa Earthenware Wick Pot

Top width: 51 mm / Height: 80 mm

19世紀中葉に秋田県仙北市の白岩地区で焼かれたと考えられる小品。骨董業界でいうところの「芯切(しんきり)」で、食器ではない。一般に和ろうそくを長時間灯していると、ろうが消費されるにつれて相対的に芯が伸びてくる。そこで定期的に芯を切って、燃焼を安定させる必要があり、その切った芯を入れるのが芯切である(正確には芯を切る道具が芯切で、これは芯入れとか芯つぼというべきだろう)。キセルでタバコを吸ったあとの燃え殻を捨てる灰吹き(灰おとし)として使用した、ともいわれる。

この器は厚手で、底も糸切りの跡がそのまま残り、かなり無造作につくられたことが推察できる。器の外側にのみクリーム色のなまこ釉がたっぷりかかっている。内側はほとんど無釉。黒いすすのようなものがこびりついており、なんらかの「火」関係の器であることは確かなようだ。白岩焼の芯切が無傷で残っているのはかなりめずらしい、とは地元秋田の業者の弁。

This small earthenware is considered to be made in the Shiraiwa district, Senboku, Akita, in the mid 19th century. This type of ceramic pot is called a "wick" pot in a Japanese antique market. A Japanese traditional candle's wick became too long to maintain a stable flame when lighted long time. So, the wick needed to be cut routinely, and this is a pot for the used wicks. It is also said that this was used as an ash tray for smokers. A thick and heavy body and a mark of a cutting string at the bottom indicate this was a piece of mass-produced earthenwares. A thick cream-colored glaze covers the outside and no glaze inside. Black stains at the inner surface suggest it was actually a pot relating to fire. A local antique dealer said it was really difficult to find old Shiraiwa wick pots of good condition.

底は糸で切りっぱなしで、細工はほとんどほどこされない。大雑把なつくりかたで、器の中では格が低い雑器であることを示している。

補足

  • 古い白岩焼についてしるしたほとんど唯一といっていい、信頼できる文献である「白岩瀬戸山」(渡辺為吉、1933年)に、盛業時の製品と価格の一覧表が掲載されているが、当時は違うことばで呼び慣わしていたのか、この芯切が見当たらない。

    • それっぽい製品に「火留(ひどめ)」というのがあり、大きさも大、中、小、小々とバリエーションに富むが、けっこう値段が高く、量産された雑器ではなさそうだ。喫煙時につかう大型の火入れ、もしくは小型の火鉢のようなものと考えられる(参考写真を参照)。小々、のサイズに該当する可能性はある。
    • たんころ(小型の灯火器、ひょうそく)の隣に「下燈貝(読み不明)」という、低価格でかなり量産された製品が載っているが、灯蓋(とうがい)に通ずる語感からすると灯明皿のようなものを連想する。
    • 「組火入」は煙草盆に組み入れる小型の火入れだろうか。
    • 「切立(きったて)」は山形や福島あたりでは漬物を貯蔵する小型〜中型の容器をいうが、「白岩瀬戸山」の製品表では火留と組火入のあいだに挟まれて掲載されており、もしかすると秋田では「火」関係の器を指したのかもしれない。
    • ちなみにこの一覧表には、他にも「たん吐(痰つぼ?)」とか「しゅびん(尿瓶?)」とかいろんなものが載っていて、たいへん興味深い。
  • 「白岩瀬戸山」の製品表と価格表は、当時複数あった窯元のうち渡辺家(ハ窯)の文書を中心にまとめたものなので、他の窯元の製品をすべて網羅したものではない。

  • 日本民藝協会が発行する雑誌「民藝」の2016年5月号の表紙を飾っている白岩焼の器は「海鼠釉灰落し」と題されていて、高さ 10 cm で蓋付きである。ここで紹介した「芯切」はこれよりひとまわり小さいが、類品と考えてよいだろう。

参考写真

仙北市発行の広報誌「せんぼく No.46」(2009年7月)より転載した白岩焼の「掛流火留(かけながしひどめ)」の写真。サイズが不明だが、たぶん高さ 15 〜 20 cm くらいとおもわれる。「イ直」の印があり、仙北市の有形文化財に指定されている、貴重な遺物である。
「思い出のアルバム 湯沢」(無明舎出版、1980年)より転載した、明治初め頃の秋田県南部、湯沢近辺の呉服屋でのスナップショット。同書によると、煙管をもった人物の前に鎮座するのが「火留」で、小型の火鉢、火入れの類だったことがわかる。秋田あたりでしかつかわれていなかった方言の一種と考えられる。
雑誌「民藝 2016年5月号」の表紙を飾る「海鼠釉灰落し」。高さ 10.0 cm で、東北陶磁文化館(当時)の所蔵品。この号は白岩焼の特集号で、解説記事といくつかの製品の写真が掲載されている。

補足2

  • ろうそくの芯の燃え残りのことを「ほくそ(火糞)」といい、それを入れる容器を「ほくそつぼ(火糞壺)」というらしい。(2024年4月21日)