八橋土人形 Yabase Clay Dolls

古来、秋田市八橋(やばせ)地区では土人形づくりがおこなわれていて、子どもの玩具もしくは縁起物として親しまれてきた。八橋の土人形についてはすでに一度記事を書いたが、ここではその後の収集の成果のうち、明治から昭和初期頃につくられたと考えられる、比較的古そうなものについて書き留めておこうとおもう。なお産地・制作年代等はわたしの推測であって、100%確かなわけではない。


I have shown some clay dolls made in the Yabase area, Akita, Japan, in my previous post. Here I will show my new acquisition, focussing on relatively old products from the Meiji to the beginning of the Showa periods.

女子 Women

#1: 振袖の女(左) 高さ 13.3 cm
#2: 羽子板をもつ女と子(右) 高さ 12 cm

これらはともに明治期の古作と考えられる。お顔だちはもとより色づかいも似ており、同じ時期に、同じ工房でつくられたことをおもわせる(この頃の八橋には人形をつくる家がすくなくとも3軒はあった)。日本髪の生え際の表現や着物の柄などに堤人形や花巻人形の影響が多少みられるが、それでもどことなく秋田っぽい、いい意味での田舎くささがにじみ出ているようにおもう。全体の調和、素朴さ、ほがらかさはこの時代の八橋人形の真骨頂といえる。どちらも人形内部に粘土のかけらのようなもの(ガラ)が封入されていて、振ると音がする(これについては後述する)。


These dolls were probably made in the Meiji period (the late 19th century). The faces and the colors suggest they might be made at almost the same time by the same manufacturer out of three or more doll-making families that once existed in Yabase. The expression of hairs and fabric patterns show a little influence of the Tsutsumi doll (Miyagi) and the Hanamaki doll (Iwate), but yet they have a rural flavor coming from Akita. The dolls look joyful and well-harmonized, and this must be the spirit of old Yabase. Both include a small piece of clay inside.

少年 Boys

#3: 裃を着て正座する少年(左) 高さ 6.4 cm
#4: 馬に乗る少年(右) 高さ 11 cm

裃を身につけた少年にはニスのようなものが塗られていて、表面につやがある(これについても後述する)。馬に乗った少年は、基本的には前掲の女子像と同様の絵の具で彩色されるが、着物の青色がけばけばしく、異質な感じがするので、幾分か新しい時代の産物かもしれない。馬の目の表現がおもしろい。馬上の少年は耳が赤く塗られているが、この表現法は古い八橋人形に時折みられる(「郷土人形図譜・八橋人形」日本郷土人形研究会、1995年)。


The left one is lustrous because of a kind of varnish, which will be described later. Paintings of the boy rider are basically similar to the previous women dolls. The bright blue color of his clothes indicates it might be a bit newer product. The expression of the horse's eye is unique. Old Yabase doll's ears were sometimes painted red.

狆(ちん) Dog (Chin)

#5: 狆・大(左) 高さ 13 cm
#6: 狆・小(右) 高さ 8.3 cm

首のまわりに豪華な前垂れをつけた犬の像。いわゆる「羽衣狆」のデザインで、前に示した酒田人形など他の産地でもよくみられる。頭頂部が平らなのが特徴的だ。左は人形愛好家が八橋だと言ったのでたぶんそうだとおもうが、右はネットオークションで手に入れたもので、いまいち産地は確かでない。底のつくり(これについては後述する)の特徴から八橋と推定した。


Either dog (chin; a Japanese spaniel) is sitting with a gorgeous ornament around its neck. This kind of dog was a very popular motif of clay dolls in Japan (see for example my previous post about the Sakata doll). The top of the head is flat. The left one is probably Yabase because a professional said so, but I am not certain whether the right one is Yabase. I guessed so because of the characteristic bottom shape.

猫 Cats

#7: 座り猫・白(左) 高さ 5.8 cm
#8: 座り猫・ぶち(右) 高さ 6.7 cm

ねこれくとさんのページで紹介されている類品や他の情報を総合すると、どちらも八橋の「すわり猫・ねまり猫」でまちがいないだろう。状態が悪く、とくにぶち猫のほうはお顔の判別すらままならない。白いほうはネズミみたいなお顔で、あんまり猫っぽくない気がする。耳や首輪は赤色に、上に跳ね上がっているしっぽは黒い斑点つきの黄色に彩色するのがお約束のようだ。


I think they are the Yabase sitting cats according to several information sources. The condition is so bad that the right one's face is no longer recognizable. I think the left white cat looks like a mouse. The Yabase sitting cats generally have red ears, red collars, and yellow tails with black dots.

大黒と恵比寿 Daikoku and Ebisu

#9: 大黒(左) 高さ 6.6 cm
#10: 大黒(中央) 高さ 7.5 cm
#11: えびす(右) 高さ 8.5 cm

大黒さまは2体ともに俵に乗って片手に小槌をもっている。型や制作年代は微妙に異なるかもしれないが、お顔立ちは似ている。右側の2体はセットで手に入れたので、同時期におなじ工房でつくられたとみてよい。状態が悪く、とくに左の大黒さまは相当汚れがこびりついている。神棚などに恒常的に飾られて、囲炉裏やかまどの煙で燻されたのかもしれない。


The left two are small Daikoku standing on rice bags with a mallet in one hand. They are qualitatively similar, though the molds and the ages would be different. The right two would be the products of the same manufacturer. The left one is severely tarnished, probably smoked long time in a kitchen or an old-style living room with a fireplace (irori).

えじこ Ejiko

#12: えじこ(左) 高さ 7.1 cm
#13: えじこ(右) 高さ 6.5 cm

左の「えじこ」はすでに以前の記事で紹介した。おそらく明治期にかかるものだろう。右はその後入手したものだが、つくりが雑で、一見して新しい時代のものである。当時の八橋ではえじこはある程度「売れ筋」の商品で、とりあえずいっぱいつくっておきゃ売れるだろう、みたいな粗製乱造状態だったのかもしれない。


The left one, probably made in the late Meiji era, was already shown in my previous post about ejiko. The right one is a new acquisition but its quality is not as good as the other. I guess it was a newer product. The ejiko dolls were so popular at that time that a lot of coarse products might be manufactured.

少女 Girls

#14: ピンクの着物の少女(左) 高さ 8.4 cm
#15: オレンジの着物の少女(右) 高さ 8.4 cm

帽子をかぶり、ちょっと大きめの着物をはおった幼子の土人形。型は同じだが彩色が異なる。右の子の帽子はニスのようなものが塗られていて照りがある。大きさの割に手取りが重く、中にガラが入っていない。産地についてはあまり自信がないが、底のつくりから八橋ではないかとおもう。


These dolls wear hats and baggy kimonos, made with the same mold but painted in different ways. The right one's hat is lustrous because of a varnish. These are heavier than expected, and do not include pieces of clay inside. The manufacturer is uncertain, but I guessed they would be from Yabase because of the bottom shape.

金魚 Goldfish

#16: 金魚 高さ 9.3cm

秋田の業者から手に入れたこと、底のつくりなどから、これも八橋人形とおもわれる。いろいろ資料をみても八橋で金魚をつくったという実例が見いだせないので、かなりの珍品かもしれない。モチーフの割にサイズが大きい。手取りも重い。青森県弘前市では「金魚ねぷた(ねぶた)」、新潟県新発田市では「金魚台輪(だいわ)」という金魚の張りぼて人形が古くから親しまれており、なにか関係があるかもしれない。


I think it is a Yabase goldfish because I obtained it from a local dealer and the bottom shape was characteristic of Yabase. Goldfish is very rare in Yabase. It is exceptionally big and heavy compared to ordinary goldfish. There are similar goldfish dolls in Hirosaki, Aomori, and Shibata, Nigata. Though they are made of paper, I guess some relation with them.

考察1:いわゆるガラについて

古い八橋人形には人形内部に「ガラ(粘土のかけら)」が封入されることがある。今回紹介した例では、最後のほうに示したえじこ(#12・#13)少女(#14・#15)金魚(#16)以外はすべてガラが入っている(一部、底が破損していて確認できないものもある)。わたしの乏しい経験によると、おなじ日本海側の鶴岡人形(山形県鶴岡市)も同様の特徴をもっており、なにか共通性を感じる。

古い八橋人形がおしなべて小型のものが多いことと合わせて考えると、こうした人形が、ひな祭りなど特別な場で飾られる鑑賞品というよりは、むしろ子どもの玩具(土鈴)として日常的に親しまれていたことが想像される。たとえばすわり猫(#7・#8)なんかは、ついている汚れからして、相当「遊ばれた」ことがうかがえる。


Old Yabase dolls often include pieces of clay inside. In fact, all the dolls shown above do so except for #12 to #16 (some of them are uncertain because the bottom is broken). This feature is also seen in the Tsuruoka doll, Yamagata. I guess most of the old Yabase dolls were children's toys rather than statues displayed in a special occasion. For example, the sitting cats (#7 and #8) seem to have been involved in children's play.

考察2:ニスのようなものについて Varnish

八橋人形には、標準的な彩色が済んだあとに、表面にニス(ワニス)のようなつや出し剤または表面保護剤を塗っているものがある。そのことがもっともよくわかるのが#15(オレンジの着物の少女)で、後頭部に塗ったつや出し剤が、勢い余って背中側に垂れてしまっている。このつや出し剤は紫外線長波をあてると黄色に強く蛍光する。したがって他の顔料の上に塗布されると、紫外線下ではたとえば

黒 → 緑
赤 → 薄ピンク

のように見える(下図参照)。

この独特な「ニスのようなもの」は昭和初期頃かそれ以前につかわれたと考えられる。手持ちの八橋人形で昭和中期以降の作と考えられるものにもつや出し剤が塗られている例があるが、蛍光の色が違う。少女像(#14・#15)は、いっぽうは蛍光し、いっぽうは蛍光しないので、同じ工房の同じ製品でもニスを塗ったり塗らなかったりしたことが示唆される。武井武雄は「日本郷土玩具 東の部」(地平社書房、1930年)の中で

(八橋人形の)色彩はおおむねしつこいものであって、光沢をつけたりつけなかったり、その時々の気まぐれによるらしい

と記述している。


Some of the Yabase dolls are finished with a kind of varnish, as is most evidently observed at the back of #15 (orange kimono girl). This coating looks yellow under an UV light. Therefore, the black and red parts look like green and pink, respectively, because of fluorescence.

This peculiar varnish is considered to be used before the early Showa period (early 20th century). #14 and #15 were probably made by the same manufacturer, but one is varnished and another not, suggesting that varnishing was not a routine work.

#15:オレンジの着物の少女(上)と#3:正座する少年(下)とに紫外線長波を照射したときの蛍光のようす。左が通常光、右が紫外線ランプをあてたとき。

下の表は、ここで紹介した人形にこの蛍光するつや出し剤が塗られているかどうかをまとめたものである。ガラの有無についてもまとめた。


The following table summarizes the existence of a piece of clay inside (🔔) and the fluorescence of the varnish (✨️).

番号 タイトル ガラの有無 蛍光の有無
1 振袖の女 🔔 ✨️
2 女と子 🔔 -
3 裃の少年 🔔 ✨️
4 馬上の少年 🔔 -
5 狆・大 🔔 ✨️
6 狆・小 🔔 -
7 座り猫・白 🔔 -
8 座り猫・ぶち 底破損 ✨️
9 大黒 🔔 -
10 大黒 🔔 -
11 えびす 底破損 -
12 えじこ - ✨️
13 えじこ - ✨️
14 少女・ピンク - -
15 少女・橙 - ✨️
16 金魚 - ✨️
🔔 はガラが入っていることを、✨️ は蛍光することを意味する。

考察3:底のつくりについて Bottom Shape

古い八橋人形は、底面が粘土で閉じられていて、かつちょっとへこんでいるものが多い。今回紹介した土人形は、4つ足の馬(#4)は別として、他の15点はすべて底がへこんでいる(下の写真を参照)。ただ実際のところ、八橋の製品のすべてがそうだったのかどうかは定かでない。八橋には昭和前期までは高松家、遠藤家、道川家の3つの工房があったが、底のくぼみはすべての工房に共通する細工だったのだろうか?

底のくぼみには、底の破損を防いで、ガラを確実に封入するという実用上の効能があったかもしれない。

底は素焼きのままのものが多い。焼き色は、焼成時の状況にもよったのだろうが、おしなべてやや赤みがかったクリーム色である。いっぽう#5・#6(狆)#13(えじこ)#14・#15(少女)#16(金魚)などは底にも胡粉が塗られている。ものによっては工人の指紋とおもわれる縞模様がくっきり残っている。

底に文字(漢数字?)が墨書きされているものが数点ある。これ自体は他産地の人形にもよくみられる。#10・#11(大黒えびす)の文字は「十八」のようにも、カタカナの「ナハ」のようにも見える。後者だとすると、これは道川家の工人で大正末〜昭和期に活躍した道川ナハのサインだったりするのだろうか?


The bottom of the old Yabase doll is generally sealed with a clay and the bottom surface is hollowed (see the photos below). All of the Yabase dolls shown here except #4 have such a hollow base. I don't know all the products in Yabase had such bases without exception. I am not sure this characteristic sealing was adopted in the Takamatsu, Endo and Michikawa families, which were major three manufacturers in the early 20th century or before. The bottom of most of the Yabase dolls were not painted. The clay's color after baked is basically reddish cream. The bottom of #5, #6 and #13 to #16 are painted white. Finger prints clearly remain in some of them.

#1〜#16の底の写真。基本的に左から右、上から下の順に並べた。

まとめ Summary

明治から昭和初期あたりの八橋の土人形は、すべてとは言わないが、小型でかわいい、魅力的なものが多いようにおもう。造形や彩色は精緻とは言えないが、崩れすぎてもおらず、いいあんばいの田舎くささがにじみ出ている。モチーフも身近なものに求めていて、愛着がわく。こういった土人形は、この時代の秋田の人々にとって、必ずしも余裕があるとは言えない日々の生活に、ちょっとしたうるおいやなごやかさを与える存在だったのだとおもう。

補足

  • いくつかの文献を総合すると、道川ナハ(ナワ)は生年が明治32年(1899年)、没年が昭和61年(1986年)で、道川家の最後の工人であるトモの母にあたる。大正8年(1919年)に道川家の人となり、夫のもとや姑のキクから人形づくりの手ほどきを受けた(「秋田の工芸技術」秋田県文化財調査報告書 第105集、1983年など)。したがってナハの作品はおおむね大正末から昭和50年代までのものと考えてよいだろう。

  • 紫外線をあてたときの蛍光で土人形の塗料を識別する試みの例としては、見城敏子「蘇芳・きはだ・胡粉の簡易識別の試み」(仙台市博物館図録「堤人形の美」、146ページ、1989年)がある。紫外線の光源(ブラックライト)は、フィルターの性能などにこだわらなければ、電器店や手芸店などで比較的安価に手に入る。わたしは鉱物鑑定用の、ちょっと性能のよいものをつかった(たとえばこういうやつ)。

  • わたしのような「しろうと」は、底がくぼんでいるから八橋に違いない、という思考に縛られていて、逆に底がへこんでいない八橋人形を見逃している可能性がある。古物業者の多くも、薄汚れた古い土人形などたいして儲けにならないから、さして深く研究せず、その程度のあいまいな知識で鑑別しているのが実情だろう。

  • 八橋以外の産地、たとえば長崎の古賀人形などでも、底がへこんでいる土人形がみられる。とくにおなじ秋田県の横手市でつくられている中山人形は、古いものは底がへこんでいて、たいへんまぎらわしい。すでに紹介した酒田人形の招き猫も底がへこんでいる。

  • 宮川尚久「八橋人形」(郷土人形図譜6号「八橋人形」、日本郷土人形研究会、4〜11ページ、1995年)は、明治中期以前のものをとくに「古八橋人形」と名づけて区別している。宮川によれば、明治後期以降、日本の多くの人形産地では、有害金属を含んだ鉱物性顔料の使用をやめたり、ニス塗りをしたり、色料に変化があらわれるという。前者は明治33年に発令された「有害性着色料取締規則」(内務省令17号)の影響を受けたものだという。しかし、実際に八橋で、いつ、どの顔料が禁止されたのか、もしくは自主的に使用をやめたのかについて、宮川は明言していない。明治期の八橋には少なくとも3つの工房があり、使用する絵の具を同時に変更したのかどうかについても定かではない。ニス塗りについては、すでに記したとおり、同時代の人形でも塗ったり塗らなかったりした可能性がある。宮川のいう「八橋人形」と「古八橋人形」の違いは、少数の基準によって明確に判断できるものではなく、おそらく庶民が求める流行の変遷、国内で流通する絵の具の変化など、連続的に生じる時代の移り変わりをあらわしたものだろう。

  • 郷土人形図譜「八橋人形」には多数の図版が掲載されている。これらと比較して、今回紹介した人形の中でどれが「古八橋人形」に該当するかというと、#2、#4、#7、#9 あたりだろうか(すくなくともニス塗りしているものは「定義」により「古八橋」ではない)。