硫塩鉱物を知りたい
鉱物の本などをみると「硫化鉱物」と「硫塩鉱物」とが独立に扱われている場合があるが、このちがいはそもそも何なのか?こういう分類をしてなにがうれしいのか?ちょっとしらべてみた。
参考にしたおもな本・記事は:
- Sulfide Mineralogy (Mineralogical Society of America Short Course Notes vol.1, ed. Paul H. Ribbe, 1974) の第1章と2章。
- 加藤昭「主要鉱物各説」(無名会、2017年)、同「硫化鉱物読本」(鉱物読本シリーズ No.4、関東鉱物同好会編、1999年)。
- David J. Vaughan and Claire L. Corkhill, Mineralogy of Sulfides (Elements, Vol.13, pp.81-87, 2017)
- Wikipedia の Sulfosalt Mineral の項目。
うわつらをかいつまんだだけなので、生半可な解釈があったらコメントをください。
金属の硫化物
金属元素と硫黄とが結合した鉱物を硫化鉱物という。加藤昭「主要鉱物各説」によると、このうち原子どうしの結合が構成元素の原子価(原子から伸びる腕の数)の概念で説明可能なものを「単純硫化鉱物」とよぶ。たとえば
- 方鉛鉱 Galena: PbS = Pb2+ + S2-
- 輝銅鉱 Chalcocite: Cu2S = 2Cu+ + S2-
- 黄鉄鉱 Pyrite: FeS2 = Fe2+ + (S2)2-
など。硫化鉛は方鉛鉱一択だが、銅の硫化物にはもうひとつ銅藍(Covellite: CuS = Cu2+ + S2- と解釈可能)がある。黄鉄鉱(または白鉄鉱)は二硫化物に分類され、硫黄原子が2個結合した二硫化物イオンと鉄とが結合した結晶、と理解できる。いわゆる硫化鉄(トロイライト Troilite: FeS や Fe2S3)は天然ではほとんどあるいはまったく産出しない。
実際の原子間の結合、結晶構造がどうなってるかはそんなに簡単ではない。ともかく組成上「単純に」解釈できる、というだけの話。
半金属の硫化物
元素の周期表をみると、金属元素と非金属元素の境界付近に「半金属」とよばれる元素がならんでいる。金属のようにもふるまうし、非金属の代わりにもなるような、どっちつかずの元素たちだ。そのうち硫化鉱物界でとくに重要な半金属元素が砒素(Arsenic: As)とアンチモン(Antimony: Sb)で、これらと硫黄とが結合した鉱物のことを「半金属硫化鉱物」という。たとえば
- 鶏冠石 AsS
- 石黄(雄黄) As2S3
- 輝安鉱 Sb2S3
など。鶏冠石や石黄は、ふつうの硫化鉱物とはあきらかに色や外観が異なり、半金属の性質を如実に反映している。輝安鉱もふつうの硫化鉱物にくらべると硬度が低いし、結晶の形も長柱状で特徴的だ。
単純硫化鉱物との決定的なちがいは結晶構造にある。典型的な硫化鉱物(方鉛鉱とか黄鉄鉱)は、金属原子と硫黄原子とが強固につながりあって3次元的な格子をつくるが、半金属硫化鉱物は AsS3 みたいなピラミッド状の原子団が構成単位になっていて、これらが連結して鎖状、環状、網目状等の構造をつくる。硬度の低さ(石黄は 1½ ∼ 2、輝安鉱は 2)はこういうところと関係しているのだろう。
硫塩鉱物
さて非常に大雑把に言うと、単純硫化鉱物と半金属硫化鉱物(実際は石黄または輝安鉱)とが混ざったような組成をもつ一連の鉱物グループが「硫塩鉱物」である。たとえば
ブーランジェ鉱 Boulangerite: Pb5Sb4S11 = 5PbS + 2Sb2S3
は硫塩鉱物に分類されるが、ちょうど方鉛鉱と輝安鉱とを 5 : 2 の割合で混ぜたような化学組成をもつ。
細かいことを言うと、砒素やアンチモンが含まれたらなんでも硫塩鉱物に分類されるわけではない。組成だけでなく、結晶構造の特徴から、半金属硫化物イオン(たとえば硫化アンチモンイオン [SbS3]3-)と金属イオン(たとえば鉛 Pb2+)とが結合していると解釈できるものに限って硫塩鉱物という。頂点に砒素またはアンチモン原子、底面の頂点に3個の硫黄原子が位置するようなつぶれた三角錐がひとつの原子団を形成し、それらが金属原子と結びついているのが典型である。
珪酸イオン(たとえば[SiO4]4-)と金属イオンとが結合したとみなしうるものを「珪酸塩鉱物」とよぶが、ここで
- ケイ素 Si → ヒ素 As またはアンチモン Sb
- 酸素 O → 硫黄 S
のように役割を入れ替えたものが硫塩鉱物である、という見方がよりわかりやすいだろう。周期律表をみるとこれらはたしかにパラレルな関係になっているようで、興味深い。
結局硫塩鉱物って・・・
細かい定義はともかくとして、硫塩鉱物は半金属元素を含むので、硬度が低いとか、外観に特徴があるとか、一癖も二癖もある場合が多い。たとえばブーランジェ鉱は毛状・針状の結晶をなす。
珪酸イオンが鎖状に1次元的にならんだり、シート状の2次元的な構造をとったりする結果、珪酸塩鉱物が著しくバラエティに富んだ鉱物グループとして幅を利かせているのと同様、硫塩鉱物も、半金属硫化物イオンの配列のしかたに応じて、多様な鉱物種を生み出しうるものと考えられる。ただし原理上いろんな鉱物がありうる、ということと、実際そういう結晶構造が安定に存在できるかどうかとは別問題で、天然で同定されている硫塩鉱物は 200 種ほどとされる(それでもかなりの数だ)。
下の表は、よくみかける硫塩鉱物をまとめたものである。
名称と組成 | 輝安鉱/石黄 Sb2S3/As2S3 |
方鉛鉱 PbS |
トロイリ鉱 FeS |
輝銅鉱 Cu2S |
銅藍 CuS |
輝銀鉱 Ag2S |
---|---|---|---|---|---|---|
ブーランジェ鉱 Boulangerite Pb5Sb4S11 |
2 (1) |
5 (2.5) |
||||
セムセイ鉱 Semseyite Pb9Sb8S21 |
4 (1) |
9 (2.25) |
||||
毛鉱 Jamesonite Pb4FeSb6S14 |
3 (1) |
4 (1.33) |
1 (0.33) |
|||
ジンケン鉱 Zinkenite Pb9Sb22S42 |
11 (1) |
9 (0.82) |
||||
ベルチェ鉱 Berthierite FeSb2S4 |
1 | 1 | ||||
車骨鉱 Bournonite PbCuSbS3 |
1 | 2 | 1 | |||
輝安銅鉱 Chalcostibite CuSbS2 |
1 | 1 | ||||
安四面銅鉱 Tetrahedrite Cu12Sb4S13 |
2 (1) |
5 (2.5) |
2 (1) |
|||
砒四面銅鉱 Tennantite Cu12As4S13 |
||||||
硫砒銅鉱(#) Enargite Cu3AsS4 |
1 | 1 | 4 | |||
脆銀鉱 Stephanite Ag5SbS4 |
1 | 5 | ||||
濃紅銀鉱 Pyrargyrite Ag3SbS3 |
1 | 3 | ||||
淡紅銀鉱 Proustite Ag3AsS3 |
||||||
アンドル鉱 Andorite PbAgSb3S6 |
3 (1) |
2 (0.66) |
1 (0.33) |
この表に出てくる数値は、硫塩鉱物の組成をともかく「形式的に」いくつかの硫化鉱物の足し合わせで表現したときの比なので、鉱物学的、結晶学的になにか意味があるか、と言われるとよくわからない。ただいろんな鉱物を整理して「覚える」ときには役立つだろう。
結語
もともと(たぶん20世紀はじめ頃)は、珪酸塩鉱物との類推で、硫塩鉱物という概念を考えだして分類してみたのだとおもわれるが、その後、結晶構造とかが詳細にしらべられるようになって、たしかに珪酸塩鉱物との類似性はあるものの、まったくパラレルな関係ではなく、独特な性質もいろいろあることがあきらかになってきた、というところであろう。ふつうの硫化鉱物と何が根本的にちがうのか、と問われたら、やっぱりよくわからない。
ヒ素やアンチモンなどの半金属元素というのはなかなかおもしろいもので、こういうやつがいることで、鉱物のバラエティが豊かになる。とおり一遍の人間だけが集まっても、そこで生み出されることといったらタカが知れているが、ちょっとした変わり者(金属でも非金属でもないようなやつ)がいると、ふだんなら相まみえることのないような人々どうしをとりもって、ものごとが発展し、新しい価値が創造される・・・のである。
補足
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半金属元素としてはビスマス Bi も鉱物界では重要である(上で示した PubChem の周期表ではビスマスは半金属に分類されないが細かいことは気にしない)。この場合、輝蒼鉛鉱 Bi2S3 が構成要素の単位となる。硫化ビスマスイオン(原子団)を含む硫塩鉱物としてはコサラ鉱(Cosalite: Pb2Bi2S5)やアイキン鉱(Aikinite: PbCuBiS3)などがある。
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半金属硫化物、というよりも第15族元素(V族元素)の硫化物 、といったほうが正確かもしれない。ちなみに加藤氏の著書では輝安鉱は単純硫化鉱物に分類されている。もうわけがわからないが、そもそも自然界の産物を「分類」する際にはかならず人間の恣意的な作用がはたらくので、はっきりこれとは言い難いのだろう。
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硫砒鉄鉱 FeAsS は砒素を含んでいるが、ふつうの硫化鉱物である。ちょうど黄鉄鉱(正確には白鉄鉱) FeS2 の硫黄の半分を砒素で置き換えたものになっていて、硫化砒素イオンと鉄が結合しているわけではないから。砒鉄鉱 FeAs2 は硫黄のぜんぶを砒素で置き換えたもので、これは砒化鉱物というべきものだ。砒素は金属の代わりにもなるし、硫黄の代わりにもなる。
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硫砒銅鉱(とその同質異像であるルソン銅鉱)
Cu3AsS4 = 2CuS + ½Cu2S + ½As2S3
は銅藍と輝銅鉱と石黄とを 4 : 1 : 1 で混ぜたような組成をもち、文献によっては硫塩鉱物に分類されるが、考え方によってはふつうの硫化鉱物とみなすこともできる。実際、銅または砒素を中心としてまわりに硫黄が4個くっつく四面体を単位として、銅の四面体と砒素の四面体とを 3 : 1 の出現頻度で周期的に並べたような構造をしている。ちょうど閃亜鉛鉱(またはウルツ鉱) ZnS の亜鉛の 3/4 を銅に、のこり 1/4 をヒ素に置き換えたような構造とも言える。よって単純硫化鉱物である閃亜鉛鉱の近縁種、と解釈できる(正確には硫砒銅鉱はウルツ鉱の、ルソン銅鉱は閃亜鉛鉱の近縁種)。この辺の分類の仕方は学者によって異なるのかもしれない。