硫塩鉱物を知りたい

硫塩鉱物大集合。

鉱物の本などをみると「硫化鉱物」と「硫塩鉱物」とが独立に扱われている場合があるが、このちがいはそもそも何なのか?こういう分類をしてなにがうれしいのか?ちょっとしらべてみた。

参考にしたおもな本・記事は:

うわつらをかいつまんだだけなので、生半可な解釈があったらコメントをください。

金属の硫化物

金属元素と硫黄とが結合した鉱物を硫化鉱物という。加藤昭「主要鉱物各説」によると、このうち原子どうしの結合が構成元素の原子価(原子から伸びる腕の数)の概念で説明可能なものを「単純硫化鉱物」とよぶ。たとえば

  • 方鉛鉱 Galena: PbS = Pb2+ + S2-
  • 輝銅鉱 Chalcocite: Cu2S = 2Cu+ + S2-
  • 黄鉄鉱 Pyrite: FeS2 = Fe2+ + (S2)2-

など。硫化鉛は方鉛鉱一択だが、銅の硫化物にはもうひとつ銅藍(Covellite: CuS = Cu2+ + S2- と解釈可能)がある。黄鉄鉱(または白鉄鉱)は二硫化物に分類され、硫黄原子が2個結合した二硫化物イオンと鉄とが結合した結晶、と理解できる。いわゆる硫化鉄(トロイライト Troilite: FeS や Fe2S3)は天然ではほとんどあるいはまったく産出しない。

実際の原子間の結合、結晶構造がどうなってるかはそんなに簡単ではない。ともかく組成上「単純に」解釈できる、というだけの話。

周期表の右上部分。PubChem より。日本語の文字はわたしが書き入れた。

半金属の硫化物

元素の周期表をみると、金属元素と非金属元素の境界付近に「半金属」とよばれる元素がならんでいる。金属のようにもふるまうし、非金属の代わりにもなるような、どっちつかずの元素たちだ。そのうち硫化鉱物界でとくに重要な半金属元素が砒素(Arsenic: As)とアンチモン(Antimony: Sb)で、これらと硫黄とが結合した鉱物のことを「半金属硫化鉱物」という。たとえば

  • 鶏冠石 AsS
  • 石黄(雄黄) As2S3
  • 輝安鉱 Sb2S3

など。鶏冠石や石黄は、ふつうの硫化鉱物とはあきらかに色や外観が異なり、半金属の性質を如実に反映している。輝安鉱もふつうの硫化鉱物にくらべると硬度が低いし、結晶の形も長柱状で特徴的だ。

単純硫化鉱物との決定的なちがいは結晶構造にある。典型的な硫化鉱物(方鉛鉱とか黄鉄鉱)は、金属原子と硫黄原子とが強固につながりあって3次元的な格子をつくるが、半金属硫化鉱物は AsS3 みたいなピラミッド状の原子団が構成単位になっていて、これらが連結して鎖状、環状、網目状等の構造をつくる。硬度の低さ(石黄は 1½ ∼ 2、輝安鉱は 2)はこういうところと関係しているのだろう。

Sulfide Mineralogy (MSA Short Course Notes vol.1) より。左は石黄の結晶構造。ヒ素原子(黒丸)からのびる3本腕の先に硫黄原子がくっついた、つぶれた三角錐状の原子団(AsS3)を構成単位として、これらが網目状に連結してシートをつくる。これらシート間の結合はゆるいので、これが石黄の硬度の低さにあらわれているものとおもわれる。右の輝安鉱はもうちょっと複雑で、解釈が難しいが、石黄と同様の三角錐状原子団に加えて、アンチモン原子に4個の硫黄がくっついた原子団も参加して、からみあった鎖状の構造をつくっているようだ。

硫塩鉱物

さて非常に大雑把に言うと、単純硫化鉱物と半金属硫化鉱物(実際は石黄または輝安鉱)とが混ざったような組成をもつ一連の鉱物グループが「硫塩鉱物」である。たとえば

ブーランジェ鉱 Boulangerite: Pb5Sb4S11 = 5PbS + 2Sb2S3

は硫塩鉱物に分類されるが、ちょうど方鉛鉱と輝安鉱とを 5 : 2 の割合で混ぜたような化学組成をもつ。

細かいことを言うと、砒素やアンチモンが含まれたらなんでも硫塩鉱物に分類されるわけではない。組成だけでなく、結晶構造の特徴から、半金属硫化物イオン(たとえば硫化アンチモンイオン [SbS3]3-)と金属イオン(たとえば鉛 Pb2+)とが結合していると解釈できるものに限って硫塩鉱物という。頂点に砒素またはアンチモン原子、底面の頂点に3個の硫黄原子が位置するようなつぶれた三角錐がひとつの原子団を形成し、それらが金属原子と結びついているのが典型である。

珪酸イオン(たとえば[SiO4]4-)と金属イオンとが結合したとみなしうるものを「珪酸塩鉱物」とよぶが、ここで

  • ケイ素 Si → ヒ素 As またはアンチモン Sb
  • 酸素 O → 硫黄 S

のように役割を入れ替えたものが硫塩鉱物である、という見方がよりわかりやすいだろう。周期律表をみるとこれらはたしかにパラレルな関係になっているようで、興味深い。

結局硫塩鉱物って・・・

細かい定義はともかくとして、硫塩鉱物は半金属元素を含むので、硬度が低いとか、外観に特徴があるとか、一癖も二癖もある場合が多い。たとえばブーランジェ鉱は毛状・針状の結晶をなす。

珪酸イオンが鎖状に1次元的にならんだり、シート状の2次元的な構造をとったりする結果、珪酸塩鉱物が著しくバラエティに富んだ鉱物グループとして幅を利かせているのと同様、硫塩鉱物も、半金属硫化物イオンの配列のしかたに応じて、多様な鉱物種を生み出しうるものと考えられる。ただし原理上いろんな鉱物がありうる、ということと、実際そういう結晶構造が安定に存在できるかどうかとは別問題で、天然で同定されている硫塩鉱物は 200 種ほどとされる(それでもかなりの数だ)。

下の表は、よくみかける硫塩鉱物をまとめたものである。

おもな硫塩鉱物と、それを単純な硫化鉱物の足し合わせであらわしたときの各成分の比(カッコ内の数字は輝安鉱または石黄を 1 としたときの値)。(#)硫砒銅鉱は厳密には硫塩鉱物ではない、とする立場もあるが便宜上同列にあつかう。
名称と組成 輝安鉱/石黄
Sb2S3/As2S3
方鉛鉱
PbS
トロイリ鉱
FeS
輝銅鉱
Cu2S
銅藍
CuS
輝銀鉱
Ag2S
ブーランジェ鉱
Boulangerite
Pb5Sb4S11
2
(1)
5
(2.5)
セムセイ鉱
Semseyite
Pb9Sb8S21
4
(1)
9
(2.25)
毛鉱
Jamesonite
Pb4FeSb6S14
3
(1)
4
(1.33)
1
(0.33)
ジンケン鉱
Zinkenite
Pb9Sb22S42
11
(1)
9
(0.82)
ベルチェ鉱
Berthierite
FeSb2S4
1 1
車骨鉱
Bournonite
PbCuSbS3
1 2 1
輝安銅鉱
Chalcostibite
CuSbS2
1 1
安四面銅鉱
Tetrahedrite
Cu12Sb4S13
2
(1)
5
(2.5)
2
(1)
砒四面銅鉱
Tennantite
Cu12As4S13
硫砒銅鉱(#)
Enargite
Cu3AsS4
1 1 4
脆銀鉱
Stephanite
Ag5SbS4
1 5
濃紅銀鉱
Pyrargyrite
Ag3SbS3
1 3
淡紅銀鉱
Proustite
Ag3AsS3
アンドル鉱
Andorite
PbAgSb3S6
3
(1)
2
(0.66)
1
(0.33)

この表に出てくる数値は、硫塩鉱物の組成をともかく「形式的に」いくつかの硫化鉱物の足し合わせで表現したときの比なので、鉱物学的、結晶学的になにか意味があるか、と言われるとよくわからない。ただいろんな鉱物を整理して「覚える」ときには役立つだろう。

結語

もともと(たぶん20世紀はじめ頃)は、珪酸塩鉱物との類推で、硫塩鉱物という概念を考えだして分類してみたのだとおもわれるが、その後、結晶構造とかが詳細にしらべられるようになって、たしかに珪酸塩鉱物との類似性はあるものの、まったくパラレルな関係ではなく、独特な性質もいろいろあることがあきらかになってきた、というところであろう。ふつうの硫化鉱物と何が根本的にちがうのか、と問われたら、やっぱりよくわからない。

ヒ素やアンチモンなどの半金属元素というのはなかなかおもしろいもので、こういうやつがいることで、鉱物のバラエティが豊かになる。とおり一遍の人間だけが集まっても、そこで生み出されることといったらタカが知れているが、ちょっとした変わり者(金属でも非金属でもないようなやつ)がいると、ふだんなら相まみえることのないような人々どうしをとりもって、ものごとが発展し、新しい価値が創造される・・・のである。

補足

  • 半金属元素としてはビスマス Bi も鉱物界では重要である(上で示した PubChem の周期表ではビスマスは半金属に分類されないが細かいことは気にしない)。この場合、輝蒼鉛鉱 Bi2S3 が構成要素の単位となる。硫化ビスマスイオン(原子団)を含む硫塩鉱物としてはコサラ鉱(Cosalite: Pb2Bi2S5)やアイキン鉱(Aikinite: PbCuBiS3)などがある。

  • 半金属硫化物、というよりも第15族元素(V族元素)の硫化物 、といったほうが正確かもしれない。ちなみに加藤氏の著書では輝安鉱は単純硫化鉱物に分類されている。もうわけがわからないが、そもそも自然界の産物を「分類」する際にはかならず人間の恣意的な作用がはたらくので、はっきりこれとは言い難いのだろう。

  • 硫砒鉄鉱 FeAsS は砒素を含んでいるが、ふつうの硫化鉱物である。ちょうど黄鉄鉱(正確には白鉄鉱) FeS2 の硫黄の半分を砒素で置き換えたものになっていて、硫化砒素イオンと鉄が結合しているわけではないから。砒鉄鉱 FeAs2 は硫黄のぜんぶを砒素で置き換えたもので、これは砒化鉱物というべきものだ。砒素は金属の代わりにもなるし、硫黄の代わりにもなる。

  • 硫砒銅鉱(とその同質異像であるルソン銅鉱)

    Cu3AsS4 = 2CuS + ½Cu2S + ½As2S3

    は銅藍と輝銅鉱と石黄とを 4 : 1 : 1 で混ぜたような組成をもち、文献によっては硫塩鉱物に分類されるが、考え方によってはふつうの硫化鉱物とみなすこともできる。実際、銅または砒素を中心としてまわりに硫黄が4個くっつく四面体を単位として、銅の四面体と砒素の四面体とを 3 : 1 の出現頻度で周期的に並べたような構造をしている。ちょうど閃亜鉛鉱(またはウルツ鉱) ZnS の亜鉛の 3/4 を銅に、のこり 1/4 をヒ素に置き換えたような構造とも言える。よって単純硫化鉱物である閃亜鉛鉱の近縁種、と解釈できる(正確には硫砒銅鉱はウルツ鉱の、ルソン銅鉱は閃亜鉛鉱の近縁種)。この辺の分類の仕方は学者によって異なるのかもしれない。

Sulfide Mineralogy (MSA Short Course Notes vol.1) より。左がウルツ鉱(ZnS)、右が硫砒銅鉱(Cu3AsS4)の単位格子。結晶構造はほとんど同じだが、ウルツ鉱はより対称性の高い六方晶系、硫砒銅鉱は直方晶系であることに注意。ヒ素を頂点とするピラミッド状の原子団が構成要素になっているわけではないので、硫砒銅鉱は狭い意味での硫塩鉱物とはいえない。