スイスアルプスの赤鉄鉱 Hematite from Swiss Alps
薄板状の赤鉄鉱が三角の母岩の上にのった、スイスの有名産地の標本。以前ミネラルショーでみつけて、なんとなく見た目がアルプスの山のようで気に入った。
Platy crystals of hematite perched on the top of a conical piece of rock from a famous Swiss locality. I liked it at a mineral show because it looked to be a Swiss mountain.
赤鉄鉱の板にはルチル(金紅石 TiO2)の結晶がくっついている。お互い一定の向きを保っていることからわかるとおり、これはエピタキシャルな結晶成長の典型例だ。この標本のルチルはサイズが小さくてやや物足りないが、それでも拡大して観察するとワインレッド色がきれいだ。その他、鉄電気石や方解石なども伴っている。
Several small crystals of rutile aligning in one direction attach to the hematite, which is a typical example of epitaxy. Though the size is small, the red color is beautiful. Schorl and calcite also exist.
補足
この標本はアルプス型脈(Alpine-type vein)の産物。アルプス山脈をつくった造山運動にともなって、地下深くで母岩(とくにこの産地では雲母片岩・片麻岩とよばれる層構造をもつような変成岩)を引き伸ばしたり押しつぶしたりする力が作用して割れ目(レンズ状の空洞で Alpine-type fissure という)が生じ、その壁面にさまざまな鉱物がじゅうぶんな自由空間をもちつつ成長した。火山性の熱水が流入したのではなく、母岩に含まれる流体がじわじわと割れ目を満たして、母岩由来の元素で構成される鉱物が生成したという。日本でよくみられるような裂罅充填型の熱水鉱脈やペグマタイトなどとはずいぶんなりたちが違う。水晶や氷長石をはじめ、多種多様な鉱物がみられる。
佐藤伝蔵「大鉱物学・上巻」(1925年)より、赤鉄鉱上のルチルの図。本文には「正方晶系に属する幾多の金紅石の柱状結晶が、その第二錐の面をもって、菱形半面像に属する赤鉄鉱の底面上に付着し、ことにその主軸は赤鉄鉱のoR(c軸に直交する c = (0001) 面)と∞P2(六角形の側面 a = (1010) 面)の集形稜に並行して横たわることしばしばあり」とある。エピタキシーの例として、ルチルの針状結晶が赤鉄鉱から放射状に生えるハリネズミみたいなブラジル産の標本がよく紹介される。