銅仁の辰砂 Cinnabar from Tongren
赤黒い辰砂の結晶。左側は等大の平行六面体が2個貫入した双晶でサイズは径 15 mm ほど。右側はほぼ単結晶のように見える。細かい石英をともなう。
Dark red crystals of cinnabar with quartz. The left is a penetration twin consisting of nearly equal rhombohedrons of 15 mm in size. The right looks to be a single crystal.
詳細な産地名は不明だが、おそらく銅仁市の南東部、湖南省と接する辺り(万山区)の水銀鉱床の標本とおもわれる。日本で見られるような火山性の熱水鉱床とは異なり、古生代の苦灰岩層中のある層準に塊状に水銀が濃集する部分があり、石英や苦灰石をともなって辰砂の結晶が見られ、他の硫化金属鉱物はほとんど伴わないらしい。この標本の結晶はまだかわいいもので、その数倍の巨大結晶も出たという。水銀は有毒で工業的な使用は規制されており、世界の水銀鉱山はほぼすべて閉山している。環境中に存在する水銀は、食物連鎖の上位にあるカジキ、マグロ、イルカ・クジラ類の体内に蓄積される傾向にあり、妊婦はこれらを食べすぎないように、と注意喚起されているほどだ。辰砂(硫化水銀)は有機水銀などとはちがって毒性は低いが、それでもこういう標本を家に保持することにわずかばかりの責任を感じる。
This specimen came from a large-scale mercury deposit in Wanshan district, Tongren. In contrast to volcanic hydrothermal deposits that are common in Japan, the Chinese mercury deposit exists as a massive body in a Paleozoic dolomite stratum and there is almost no sulfides other than cinnabar.
参考
南武志・今井亮・豊遙秋ほか「中国貴州省辰砂鉱石のイオウ同位体比測定」(考古学と自然科学 46号、2003年)。万山地区の鉱床についてくわしく書かれている。
島崎英彦「古代辰砂の故郷」(資源地質 59 巻 1 号、2009年)。中国の水銀鉱床の概要がまとめられている。他の地域では辰砂と輝安鉱からなる層状の鉱床があるようだ。古代日本でつかわれた辰砂は当初は中国産だったらしい。