花巻土人形 Hanamaki Clay Doll

これから紹介する土人形はいずれも岩手県花巻市で江戸後期から昭和前期にかけてつくられた「花巻人形」に該当すると考えられる。

The following clay dolls were probably made in Hanamaki, Iwate prefecture, Japan, in the 19th to early 20th centuries.

だるま Daruma

Heights: 12.0 cm (biggest one) to 6.9 cm (black one)

花巻のだるまは魅力的なものが多く、みつけるとつい手に入れたくなってしまう。なにか困ったような神妙な顔とファンシーな花柄文様とのアンバランスさがたまらない。赤いだるま3体にはいずれも背面に「◯」の窯印がみられる。手前の黒いだるまは類例を他に見たことがないので、珍品の部類にはいるだろう。

Hanamaki daruma dolls are so attractive that I can't ignore it. The contrast between a face like a philosopher and a showy flower pattern makes it distinct. There are circle stamps on the back of red darumas. The black one is rare in Hanamaki.

赤いダルマは背面は赤くない。黒いダルマは全面黒い。だるま人形は全国各地でつくられているが、花巻だるまはわたしの中では魅力度ランキング第1位だ。

牛乗り童子 A Boy on a Cow

Height: 9.4 cm / Width: 10.0 cm

電気もクルマもない時代、牛は農耕や物資の運搬のために重用された。この人形は岩手の人々と牛との深い結びつきを示す実例と言えよう。着物の赤色は焦げついたような質感があり、あまり他では見かけないようにおもう。この手の小さい人形は地元ではまめっこ人形と呼ばれていて、かわいい魅力的なものが多く見受けられる。

In the age of no electricity and no automobile, cow was a familiar and important helper in agriculture and transportation. This clay doll proves a close relationship between cows and people in Iwate. I think the texture of the red colored cloth is unusual. Small Hanamaki dolls are mostly delightful.

ところどころに群青色が差し色としてつかわれている。花巻人形は多くの場合底に和紙を貼り付けるが、この牛の「足」もちゃんと紙張りだ(ただし破けている)。

内裏雛 Emperor and Empress

古格のある花巻のおひなさま。着物のふくらみ、質感がよく表現されていて、重厚感がある。男雛の首は差し込み式になっている。女雛の背面には「すべらかし」がきちんと描かれている。時代的には幕末から明治前期頃のものと想像する。当時の庶民にとって、土人形は比較的手に入れやすかったとはいえ、このような立派な内裏雛を3月の節句に飾れた家はそう多くなかったとおもう。

An old-style pair of clay dolls celebrating Imperial wedding. The texture of dress is well expressed. The bridegroom's head is detachable. The bride's long hair is drawn on the back. I guess it is a mid 19th-century piece. Though clay dolls were generally less expensive, those who were able to display this kind of gorgeous dolls at the doll festival in March would be rare.

Height: 20.5 cm / Width 19.7 cm
文様の描き方や彩色がていねいだ。150年近く経っていると考えられるが、色褪せた感じがしない。
Height: 14.5 cm / Width: 21.5 cm
袖に紫色をつかっている。他の多くの土人形と同様、背面は彩色を省くが、髪の毛はきちんと描いている。

裃を着た若者 A Young Person Wearing a Ceremonial Dress

Height: 14.5 cm / Width: 14.2 cm

花巻人形かどうか定かではないが、購入先の古物商が花巻だと言ったのでここで紹介する。まず全体が煤けていて相当古い人形であることが推測される。つぎに特筆すべきは大きさ。もしこれが江戸期の相良人形だったら大きさはこの数分の一だろう。さらに面相が独特で、とくに耳の凹凸を線描きで表現するのはあまり例がないとおもう。頭頂部のみ剃って前髪を残した「若衆髷」がきわめて写実的に表現されているのもめずらしい。裃を着て正座する人物をかたどった土人形は東北各地で散見されるが、この人形はちょっと異色である。

I am not sure where it came from, though the dealer said it was Hanamaki. First of all, it looks very old. The size seems to be exceptionally large, compared with other similar dolls in the Tohoku district. The way of drawing the face, especially its ears, is unique. The old-style hair is depicted in precise detail. This kind of clay dolls representing a person sitting in a formal manner are common in the Tohoku district, but this is an unusual example.

髷には赤色の「水引」が結ばれている。着物にはところどころ丸紋が描かれるが、塗料が剥げてしまって何の文様なのか不明だ。底のつくりは堤人形に似ていて、和紙張りは確認できない。

あんこ餅をふるまう女 A Woman Serving Dumplings with Bean-paste

Height: 14.5 cm / Width: 14.2 cm

紫の色づかいや花柄文様は典型的な花巻人形の特徴に合致する。いっぽうこの女が手に持っているものが何なのかはいまいち不明だ。古物商によればこれはあんこを盛った皿だという。白丸文様が描かれているのでぼた餅みたいなものだろうか。まだ調べが足りない。

The purple color and flower pattern are characteristic of the Hanamaki doll. I am not sure what this woman has in her hands. The antique dealer said it was a dish of sweet bean paste. The white circle pattern might be rice dumplings. My research is not enough.

補足

  • 参考文献:

    • 熊谷章一・吉田義昭 編「花巻人形」(図録・岩手の民俗民芸双書2、郷土文化研究会、1975年)、とくにその中の一章である「花巻人形あれこれ」(吉田義昭、同書の154〜183ページ)
    • 高橋信雄「祈りと遊び 花巻人形の世界」(盛岡出版コミュニティ、2017年)
    • 菊池正樹「花巻人形の愉しみ 江戸時代から次世代へ」(花巻人形工房、2019年)
  • 花巻人形は大内家の人が享保年間(1716〜1736年)に創始したとされているが、この伝承には疑問点が多い。天明年間(1780年代)の人形型が残っていることから、創業はすくなくともその頃までさかのぼる。最盛期は文化・文政期(19世紀前半)という。江戸から明治期には数軒の工房があり、そのうちのひとつ古館(古楯)家ではやきものもつくった(鍛冶町焼)。照井家の最後の工人トシが昭和34年(1959年)に亡くなって花巻人形は一時途絶したが、その後平賀工芸社が再興した。「花巻人形の愉しみ」の著者である菊池氏は独力で花巻人形を再現している。

  • 花巻人形の特徴は、時代による変遷や例外もあるが、

    • 底に和紙が張ってあること(ただし古いものは大概破れている)
    • 着物は多くが赤色で、古い人形は蘇芳をつかっていること
    • 葉っぱをともなう花弁文様が描かれること
    • 独特な群青色、紫色の多用

    などが挙げられる。他の産地の土人形と同様、明治前期以前と以後とではだいぶ印象が異なる。しかし「花巻」という地の人形ゆえか、花文様に対する工人の思い入れには一貫したものが感じられる。

  • 吉田によると花巻の内裏雛には(1975年の時点で)10種以上のタイプが知られており、「売れ筋」の商品だったことが示唆される。高橋はこれらを4系統に分類していて、ここで紹介したものは男雛が足を交差させている「Ⅳ型」に該当する。菊池によると古いものほどサイズが大型になる傾向がある。

  • 一重の「◯」の他、「違い輪」の窯印も知られている。高橋はこれらを古舘家の印だと述べている。吉田によれば、古舘家は大正後期にはやきものづくりに専従するようになり、人形型は照井家に譲ったようだ。もしこれらの記述が確かならば、ここで紹介した赤いだるまは大正期以前に古舘家がつくったか、またはその型をつかってのちに照井家がつくったか、だろう。

追記

  • あんこ餅をふるまう女」とタイトルをつけた土人形は、実は女が手に持っているのは兜(かぶと)で、浄瑠璃や歌舞伎の演目である「本朝廿四孝」の登場人物である「八重垣姫」をかたどったものかもしれない(たとえば高橋「花巻人形の世界」の写真66)。仙台の堤人形にも類例が見られ、たとえば仙台市博物館図録「堤人形の美」(1989年)の写真53などは兜が写実的に表現されている。また同図録の写真54も女が兜を手にしているが、これは「仮名手本忠臣蔵 大序」の「鶴ヶ岡社頭」の場面に登場する「顔世御前」と解釈されている。いっぽうで、同図録の写真78や79は女が三方にのった餅を掲げている。あんこ餅を盛った皿という解釈がまちがっているとはあながち言えない。

    (2025年5月24日)