足尾の槍状方解石 Spear-like Calcite from Ashio
飴色透明〜やや白濁した犬牙状の方解石結晶。犬牙状といってもよくあるタイプとは違って、より鋭く尖った、槍状とか錐状と形容すべき結晶形が目を引く。これは日本では足尾独特のもので、和田維四郎「日本鉱物誌」(改訂版、1916年)に記載されているところの Ω(6.5.-11.1) を主面とする結晶とおもわれる。六角錐の頂点が別の結晶面で切られていたり、板状に近い扁平な結晶があったり、いろいろバリエーションがある。上の写真の左側にみえる上半分が白濁したひし形薄板状のものは、また異なる晶相なのだろう。
Yellowish to milky white scalenohedral calcite. This is narrower than usual "dog-tooth" calcite, probably composed of Ω(6.5.-11.1) that is peculiar in Japan to Ashio according to Wada Tsunashiro's "Minerals of Japan" (1916). The spear's tip is cut by a different surface. A thin diamond-shaped plate shown in the top photo will be a different type.
足尾はいろんな意味で特筆すべき鉱物産地である。鉱床の規模が大きかっただけでなく、多種多様な鉱物を産出した。おもに銅鉱が採掘されたが、錫やタングステン、ビスマスなどの金属も出た。その他方解石、燐灰石、蛍石が多産し、ラドラム鉄鉱などめずらしい鉱物もみられた。Mindat.org によれば足尾で確認されている鉱物は 50 種を数える。そしてここでしめした槍状方解石の他にも、板状・葉状の黄銅鉱とか、六角柱状の磁硫鉄鉱の連晶とか、独特な結晶形状がみられたことも特筆すべき点である。
The Ashio Mine not only had large-scale ore deposits but also produced many kinds of metal like copper, tin, tungsten and bismuth, and other nonmetal minerals like calcite, apatite, fluorite, and some rare minerals such as ludlamite. Fifty mineral species have been recorded from Ashio (mindat.org). It is also remarkable that peculiar crystal habits have been found such as this spearlike calcite, chalcopyrite plate or blade, and pyrrhotite hexagonal cylinder.
補足
足尾の鉱物全般については、砂川一郎「足尾図幅内に産する鉱物」(5万分の1地質図幅説明書「足尾」付録、地質調査所、1955年)、足尾の方解石については、おなじく砂川「方解石の晶相変化:特に晶出順序との関係について」(地質調査所報告、No.155、1953年)など。
「日本鉱物誌」によると、方解石の犬牙状結晶は v(2.1.-3.1) を主面とするものがふつうで、ついで ς(4.3.-7.1) や y(3.2.-5.1) などがみられる。足尾の槍状方解石はこれらよりもっと尖った形をしていて、まれなものである。
下の写真は国立科学博物館・日本館の回廊に展示されている足尾の方解石。大型の標本で見栄えがする(幅は 30 cm くらい)。これも Ω ほどではないが、ふつうのより尖った槍状に近い結晶である。
鋭くとがった犬牙状方解石は、「日本鉱物誌・第3版・上巻」(伊藤貞市、櫻井欽一、1947年)によれば、山形県大泉鉱山、新潟県間瀬などにもみられるようだが、足尾の Ω(6.5.-11.1) 面ほどとがったものは非常にまれであろう。
寺島靖夫「探検!日本の鉱物」(ポプラ社、2014年)に静岡県の金山である清越(せいごし)鉱山産の槍状方解石の群晶の写真が掲載されている。見た感じけっこうとがっている。静岡県富士宮市の奇石博物館に所蔵されている標本のようだ。